■失楽園3 「ワイングラス」

 

パリッ

ガシャッー…ン

「うおっ…あっぶね」「どうした?」

「あー…ワリィ割っちった」

床に散らばる破片。
洗おうと掴んだワイングラスの口は、あっけなく砕け散ってしまった

「皿なんか洗おうとするからだ。
 こんな物は、使用人に任せればいい
 第一キサマの馬鹿力でワイングラスなぞ割れてしまうに決まっておる…」

「食ったもんはすぐ洗うもんだろー
 あーはいはい、俺が悪うございましたよー
 イテテ…深く切っちまったみたいだな…血止まんねー…」

「馬鹿めッ床を汚しているぞ、貸せっ」

乱暴に巻かれるテープ、
台所で二人、顔が近いな…

「…なぁ…今、何時だ?」

「さっき2時に昼飯を食べ始めただろう…。3時過ぎぐらいじゃないか」

「そうか…そろそろウチのが仕事から帰ってくるな。大作も、学校から帰ってくる頃か―…」

「………。」

「………。」

こうやって二人で会う様になってから何日経った?
いや、何週間、何ヶ月だ?
平日の昼下がり、かみさんが10時に仕事に出かけて、俺がコイツんちに来て、それから二人、ずっとこうしてる。
特に何をするでもなく、ただこうして―…
だらだら二人で過ごしてるー…
それ以上のことなんてなんも無いんだぜ?
だけど、何故か言えなくなった聞かなくなった

―いつ帰るんだ?―   ―いつ帰ろう―

家に帰りたくないわけじゃない、
嫁のことが嫌いになったわけじゃない、
こいつのことが、好きになったわけじゃ―…


「そろそろ、俺―…」

ッ―…

暖かい、やわらかい温度に、指が包まれる。

唇が触れていた。


指先、熱い舌が、

流れる血を、塞き止める、赤い舌、

一筋…腕まで垂れた血の道を


なぞる



その一連の流れは永遠の様にも感じられて…

思わず、手を引いた

「ッー…?」



「…血、止まらないな」











俺はコイツの事、好きとか、そんなじゃ全然無いんだぜ―












押し倒して、口づけていた。
いや、口づけと呼ぶにはあまりにも、乱暴に、唇に吸い付いた

冷たい床に、アイツの髪が広がる

何も聞こえない、俺とコイツの息づかい以外…












時は午後、昼下がり―…





もうすぐ嫁が帰ってくる…







俺は、家に帰りたくないわけじゃない、
嫁のことが嫌いになったわけじゃない、
こいつのことが、好きになったわけじゃ―…










■失楽園4 「揺れる」